うまし宿 とト屋 | 京都 丹後半島・間人(たいざ)/間人ガニ(たいざがに)&地魚料理・地酒

うまし風景

[山陰海岸ジオパーク]
日本海形成と日本列島孤誕生のドラマ・壮大な記録が残る地質遺産
美しい地質遺産を複数含む一種の自然公園。日本列島がアジア大陸の一部であった時代の岩石から、今日に至るまでの経過が確認できる貴重な海岸です。多種多彩な岩石海岸。
立岩(たていわ)

丹後町には多くの伝説・伝承が息づいています。「間人」には聖徳太子の生母であり、第31代・用明天皇のお后である間人皇后の伝承が残っています。この立岩にも伝説が秘められています。用明天皇の第三皇子磨子親王が鰾古・軽足・土車という3匹の鬼を退治された時、二匹は殺し土車だけはみせしめのため、この大岩に封じ込めたといわれています。今でも風の強い、波の高い夜などは、鬼の号泣する声が聞こえるといわれています。柱状玄武岩のそそり立っているところから立岩とも呼ばれ、日本でも数少ない、自然岩の一つです。
大陸からの分裂が始まった時代

約2700万年前から約2000万年前、アジア大陸の東の端で起きた大きな火山活動を伴う地殻変動によって、大陸が割れ始めました。約2500万年前は地溝帯がつくられ、淡水の湖があった時代です。やがて、獅子が赤い口を開けているように見える「獅子ノ口」や、「屏風岩」などの裂け目から吹き出した安山岩は、広く大地を覆いました。
屏風岩(びょうぶいわ)

海岸線に目をやると、「巨大な屏風」といったイメージの「屏風岩」が見られます。どのくらいの大きさなのかは、実際に見てのお楽しみ。「百聞は一見にしかず」です。丹後町の海岸線には多くの岩が見られます。じっくりと見てみると、それらの一つひとつがとてもユニークな形をしていて興味深いです。
犬ヶ岬(いぬがみさき)

京都府最北端丹後半島の先端である経ヶ岬よりやや西に位置します。 この名前は岬の形が犬に似ているところから名づけられたのでしょうが、私には、最近までこの岬がどうしても犬には見えませんでした。しかし、現地に行ってしっかりと見ていると、犬の横顔に見えることに気づきました。犬が寝ているとき、顎と喉を地面にくっつけて、ちょうどこのようになっています。
丹後松島(たんごまつしま)

岩の陰影が美しい海岸景観
展望所から見下ろすと美しい海岸線が日本三景のひとつ「松島」に似ていることから、丹後松島と呼ばれている。展望台周辺は桜の名所としても知られている。犬ヶ岬西側の屏風岩はひときわ目立っている。
袖志の棚田(そでしのたなだ)

約400枚の棚田、その背後に広がる青い海、そっとたたずむ集落の風景が日本の故郷を感じさせます。日本の棚田100選。
経ヶ岬灯台(きょうがみさき とうだい)

京都百景に選ばれた白亜の灯台
丹後半島の北の先端、海抜140mの断崖に建ち京都百景に選ばれた景勝地。映画「新・喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなった。明治31年の初点灯以来、1世紀以上に渡り日本海を行き交う船舶の安全を守っているランドマークで、白亜の灯台は丹後町のシンボルでもある。光達距離はなんと約55kmという。
伊根の舟屋  (いねのふなや)

重要伝統的建造物群保存地区
1階は舟着場で2階が居住用となっている地形をアイデアで補った伝統建築。伊根湾の5kmにも及ぶ周囲に約230軒の舟屋が建ち並ぶ。
舟屋とは...

海辺ぎりぎりに建ち並ぶ舟屋は、1階が舟の格納庫の他に、漁具などの物置場として使われており、2階は住居となった機能的な建物。
平成17年には、漁村では全国初となる国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。